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日々の破片

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2004-06-23

_ トロリーバス

日経コミュニケーションのちょっと前のやつ(6/14)を読んでたら編集後記に路面電車が青山通りを走っていたとか言及されていた。

そういえば、と思い出したが、南へ進むと青山通りで路面電車、北へ進むと明治通りでトロリーバスだったのだ。見た目と語感はトロリーバスが圧倒的に好きだったがこっちには乗ったことは無いような気がする。というか物心がきっちりするより前にトロリーバスのほうは消えていたような。

この両者の使い分けってなんだったのだろうか?

車線が多いと路面電車で少ないとトロリーバスなのかな。

軌道が決定されている路面電車はともかく、なぜトロリーバスまで廃止されたんだろう。記憶の中では電線が網の目のように張られていたように見えるからそのあたりの維持コストと安全性の問題なんだろうか。

で、まあそんな具合に電気自動車が消えてから半世紀が過ぎようとするころに、自走式(と言っていいのかどうか。スタンドアローンというのとも違うような)の電気自動車の時代がやって来ようとしているわけで、エネルギーそのものより媒体に制限されるんだなとかつくづく思ったり。

_ 圏外

相変わらずおもしろい。

そこでぼそっと呟いてみるテスト。

しかしその前に2元論そのものがイヤなのだということを明らかにしなければならず、そのためには2元論を援用して説明しなければならないのが面倒なのだが。

そこで面倒なのでぶっちゃけてしまえば、文系と理系という切り口そのものがどうかしているというのが明らかだということだということだ(×後2回くらい)。なぜか。そのためには人類の文化の成り立ちについて考えねばならず、そこには複数の2元論たとえば、一神教対多神教とか、治水事業対狩場の線引きとか、口伝対筆伝(そんな言葉はないが口伝に対して記録し公開するという方法)、それに先立つ万世一系対権力闘争による交代制、などなどについて考えねばならないからだ。(追記:だから、面倒だからぶっちゃけて結論を最初に出した、と続くのだが書き忘れてるね)

でそういうあれこれをすっとばして見れば、すべては「政治」に還元されることになる。「政治」というのは対立する利害の調停が本質だ(といきなり公理)。調停である以上、あるときはこっち側、あるときはあっち側、あるときはあさっての方角と、その時その時に相対する(あいたいする、と読む。ここでは「相対的」の「相対」ではない。素直に直面すると書いても良いのだが直接面していない場合さえありうるので「あいたいする」のほうが良い)問題とそれを取り巻く状況、対立しあう陣営の力関係、第3勢力の動向、自分の地位の保全と人類の未来に対するこうあって欲しいという願望とこうあるに違いないという蓋然、そしてこうなるに決まっているという必然、こういった種々の要素からその時その時に応じた「必然の道」だと考え得るものを見つけ出しその方向へ人々を誘導すること、これが政治なのだ。

1番簡単な政治の使い方は2元論で対立軸を作り出し、その場へ人々を誘導し2つの陣営に分けた上で力関係が上のほうを支持するという方法だ。かくしてここで2元論の意義が出てくる。小選挙区制なんてのは(僕がどう思うかとは関係なく)愚民を民主主義に参加させるために無理矢理この場を作り出す方法論に他ならない。

やっぱり面倒なんでやめた。

というわけで、常にケースバイケースなんだよね、ということが言いたいだけであり、ヌエやコウモリみたいにあっちについたりこっちについたりフラフラしてたいなぁ、という願望でもある。

追記:だから、エンドユーザーと運用部とシステム部とベンダーの間で要求仕様の「調停」をすべき動機付けられているSI屋やアーキテクトといった連中はすべからく政治を知らなきゃならないということで、逆に言えば政治を知らなければただただ翻弄されるだけだから、相手の政治家を探し出してその考えている方向性や対立陣営それぞれの思惑といったものを見越した上で作業をしなければならない、といったことも言えるのだよ、諸君(と呼びかけながら自分に言い聞かせるのであった)。

さらに追記:にもかかわらず、職業倫理を高く掲げたまま、かつ技術者としての矜持を失わずに、妥協の産物に対してどう向き合えば良いかというのが次に続く。そこでEA流の多層アーキテクチャで、アプリケーションアーキテクチャが妥協の産物であってもテクノロジーアーキテクチャは完全を目指すであるとか、プロジェクトを短期、中期、長期で考え、短期のto beモデルは中期的にはas isモデルの延長なのだから、ここで本来のto beモデルへ如何に繋げるかを第1に考えてもっとも最適なシステムの構築を図る、といったような合理的(ここでの「合理」には、心理的な蟠りの解消を意味する「合理」化を含む)な戦略の一部としての妥協戦術の採用と考えるといったこともありえる。もっとも長期的には自分のクライアントではなくなる可能性もあるわけだが、それを言っちゃそれこそ職業倫理もクソも無いことになってしまう。正しい設計美しい実装がベストだとしたら、不正な設計美しい実装も次善としては採用可能なのだ、とか、いろいろ考え方はある。逆に正しい設計醜い実装こそ回避すべき(だが、短期的な目標で中期的には廃棄を前提としたサブシステムであれば、それで十分。正しい設計でなければ廃棄できなくなるから、この場合は設計の正しさは重要)とか、いろいろやれることはあるのだ。と、考えてみることにする。

_ 連還計

カンの綴りが合ってるか不明。

議論そのものは媒体で、その議論のメタデータが本質(不変の価値を持つ)なのだと考えて、そのメタデータを一度抽出しそこから別の議論を持ち出すという方法論を採ることが僕は多いようだ。(例:例え話の件)

そのため、ほとんどの場合、直接の話題とは関係を持たず、むしろ自分がその前後で書いたものと関連する。

この場合も、送電線か電池かは時代と技術によって変化するが動力として電力を使用すると言うことに違いはないという最初のエントリーと、次のエントリーがまさに上で考察した方法論を採用して勝手なことを書いているということで関係しているが、次のエントリーの触媒となった圏外のエントリーとは全く関係していない。

おもしろい。

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_ なかだ (2004-06-23 13:07)

連環


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