トップ 追記

日々の破片

著作一覧

2022-10-01

_ ガラスの動物園

新国立劇場でオデオン座のガラスの動物園。

イザベル・ユペールがアマンダだというのに興味を惹かれてきたのだった。

パッション [Blu-ray](イザベル・ユペール)

(御多分に漏れずイザベル・ユペールはパッションで知ったのだった)

トム・ウィングフィールドが大きな音の後、客席脇から舞台の前に立ち手品をする。虚と実の転倒について語り舞台が始まる。

茶色の粘土でできているような質感の奇妙な壁。下手にオープンキッチン、真ん中に階段への出口、上手に毛布などラグが置かれている。父親の写真は実際には無い(と思う)が、代わりに電気のスィッチらしきものがある(ように見える。が、停電時にジムがヒューズをチェックするのはキッチンの奥だった)。

階段と上手のラグの間の壁の一部が開くとまばゆい光に照らされるガラスの動物園がある。

ウィングフィールドという名前は考えてみると飛翔を抑えつける地面のような名前だ。

ローラは大体、上手の毛布にくるまっている。

トムは大柄で気が良さそうな青年で、声が良い。

ローラはやたらと小柄。

アマンダはイザベル・ユペールで、声は落ち着いていて好き。最後の慟哭だけは金切声に近いが、少なくとも滑稽なおばさんではない(朝の目覚まし文句も普通の台詞となっている)。

そのため、船員になるため出ていく決意をしたトムを察して、出てくのは構わないが、ローラのために夫の候補を連れてこいというやり取りに切迫感がある。

キッチンと階段の間に窓がある。窓に意識が向いたのは、ジムを待つことになるあたりで、明るい光が窓から差すからだ。

同様に、ローラが学校へ行かずに時間を潰していることを問い詰めるアマンダとのやり取りでは、ローラの異常な雰囲気(美術館に行ったり、たまには映画へ行くというあたりの嬉しそうな表現)が強調される。

イザベル・ユペール以外の役者について知らずに見ていたので、トムに連れられてジムが部屋に入ってきたときは驚いた(完全に頭の中ではアイルランド人のオコーナーのフランス人版が来ることになっていた)。

ジムとローラの会話ではローラの唐突な笑い声など、単に障害を気にし過ぎている引っ込み思案な人間というよりも、自閉症性が強調された演出となっている。この女優もうまいものだ。ジムも声が良い。

全般にとにかく声が良い。騒がしくなく大声でもなく(もちろん怒鳴るシーンでは怒鳴るのだが)語り合う。

舞台には椅子はなく、すべての会話は舞台の端に腰を下ろして行われる。そのため、ジムがこの連中について話すときは、明らかに観客席にいるわれわれについて語っていることになる。

窓の向こうは雨。

ジムとローラのダンスのシーンがびっくりするほど激しくて、ほとんどぶん回す放り投げるに近い。この荒療治でローラは自分の殻を少しでも破ることはできるのだろうか。

電気がこの後どうなるかはともかく、ジムのまじめさと激しいダンスによって、ローラが多少は自立できるのではないか? というようなほの明るさが残る。

ガラスの動物園 (新潮文庫)(テネシー ウィリアムズ)

カーテンコールでは出てくる都度並び順が異なる。24回出てくるのかと一瞬考えたが、さすがにそういうことはなかった。

とても良い舞台だった。

・ピアノ曲がドビュッシーなのがちょっとおもしろかった

・ローラが一緒になって歌う黒い猛禽類の歌が実に気になるのだが、なんという曲なのだろう?(オリジナルなのかな)


2022-09-10

_ バグダードのフランケンシュタイン

バグダードのフランケンシュタインをイラクの小説って読んだことないから(千一夜物語は別だろう)買って読んだ。

フランケンシュタインといっても博士のことではなく怪物のほうだろうと思って読み始めたが、まったく予想外の物語が展開されて驚いた。

舞台はフセイン政権壊滅後の米軍が駐留中のバグダードだ。そこら中で自爆テロが発生し、民兵同士の銃撃戦がある。

爆弾テロによる死者は五体バラバラで下手すると単なる肉片だけとなる。

すると土葬文化(ということは概念的には完全な肉体が死者には必要という思い込みが根底にあるはずだ)の彼らにとって、死者たちはどうにも言いようがない状態に置かれることになる。

すなわち死体なしの人間の死にいかなる存在証明があり得るかを主題とした文学作品だった。

主人公は複数存在する。親しい友人であり事業パートナーを自爆テロで失った古物商。彼は、ばらばらになった死体をつなぎ合わせて完全な人体を持つ死体を作ることで失った友人を正しく埋葬したいと願うのだが、各パーツは友人ではないので、自分でも何が目的なのかを見失ってしまう。

自爆テロに巻き込まれて死んだ警備員は墓で眠りにつこうとするが、棺の中はからっぽでやむにやまれず町をさまよい、古物商が作った死体の中に潜り込む。

息子が湾岸戦争で戦死した老婆は、遺体が無いことから息子の死に納得できず、帰還を待つ。彼女はキリスト教徒(聖ジョージの絵姿に祈りを欠かさない)で、教会の互助会から年金を受け取ったり神父から世話を受けたりしながら暮らしている。

エジプト人の喫茶店主は、古物商が店で法螺話を繰り広げるのを楽しみにしている。

市中のホテル経営者は破産間際で、向かいに店を構える不動産ブローカーは虎視眈々とホテルを狙っている。ブローカーは政府筋ともつながっていて、所有者不明(爆弾テロで死んだまま誰だか確認できなくて消えてしまった人がたくさんいる)の土地家屋を安く手に入れてうまく商売をしている。

雑誌社で働く記者は観察したすべてを記録しながら上昇志向を崩さない。

これらの人たちのそれぞれの生活の間に、魂が潜り込んで正義の復讐のために殺戮を繰り返すフランケンシュタインの怪物の闘争と自意識が描かれる。怪物は遺体を接ぎ合わせただけなので、1週間もたたずに部品が腐敗して交換せざるを得ない。交換のためのパーツは爆弾テロによって常時供給される。交換する都度、そのパーツの持ち主の意識によって新たな敵が見つかる。そのうち、不正義である敵も正義である自身も区別がつかなくなってくる。

主題は陰鬱だが、語られる物語はテンポが良く、出てくる事物も考え方も新たな文化的な発見があり実におもしろかった。

バグダードのフランケンシュタイン (集英社文芸単行本)(アフマド・サアダーウィー)

・で、ふと思ったが、刺青文化のうちいくつかはパーツとなった遺体の持ち主の存在を認識させるためのものかもしれない。熊に食われた残骸や鮫に食われた肉片から、あるいは敵対組織によってばらばらにされた部品から、仲間や家族にああ彼は死んだのだなとわかってもらうためのマーカーとしての役割はありそうだ。


2022-09-03

_ GE帝国盛衰史

なんとなくおもしろそうだし、シックスΣとかジャックウェルチとか、なぜか損保会社になっていたりとかは知っているので買って読んでみた。

おもしろかったが不愉快千万でもあった。

というか、今頃になって、「鉛筆なめなめ」というビジネス用語の意味がわかった。適当なプレゼンのための材料をつなぎあわせて実際の業績と無関係にバラ色の成果と計画を株主に示して企業価値を高めたり部署の成果をでっちあげることなのだな。

産業の技術的発展という側面からはまったく無価値で非本質的な作業に賢明な人たちが鉛筆をなめなめする下劣極まりない話である一方、資本主義的にはいかに鉛筆をなめて(研究によって技術革新することでも技術によって革新的な製品を作ることでもなく)企業価値(というのは株価のことだ)を高めるかが企業活動の本質であるという(むしろ資本主義においてはこちらが本質そのもの)ことのケーススタディとしておもしろい。

GE帝国盛衰史――「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか(トーマス・グリタ)


2022-08-13

_ スラムドッグミリオネア

シアタークリエでスラムドッグミリオネア。

子供が観てきておもしろかったというので話を聞くと、クイズ番組に出場したスラムの少年が人生を巡る冒険の中で出会ったさまざまな理由から、全問正解するのは不可能と思われていたクイズ番組に見事優勝して、その理由を人生と共に辿り直す物語と教えられる。

え、スラムドッグミリオネア(という映画の名前は知っていた)って、もしかして「ぼくと1ルピーの神様」なのか? と記憶が甦る。

ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)(ヴィカス スワラップ)

今は跡形もない外苑前のビブロで「ぼくと1ルピーの神様」の単行本が平積みになっていて、はて? 1ルピーということはインドの小説か? それは読んだことないなぁと手に取っておもしろそうだとは思ったが買い損なってしまったのだった。買い損なった本の記憶は忘れることはない。今でも忸怩たる思いはあるのだ。というわけで、一にも二にもなく観に行くことにした。

主人公のラム役の人は童顔小柄で、おうラムだ、という感じで好感が持てる。

オリバーツイストが引っ掛かるスリの親分をもっと悪くしたような親分の家での追っかけっこは親分と子分2人、逃げるラムと友人によるパルクールでおもしろい。

子供は2幕のタジマハールの歌が良いといっていたなと思いながら2幕が開くとインド映画風にタジマハールの前でどんがどんがとした合唱と群舞で、はて? と思う。が、その後の知り合った娼婦との2重唱で、あ、こっちかと気づく。

悪の片棒担ぎのクイズ番組の司会者が自分の人生を託して死に向かうところは良い。

クイズ番組の異様な司会者といえば国民クイズを嫌でも思い出すが、シベリアで凍えるかわりにスラムの路地裏で射殺死体となって転がることになる。

今の日本では知らないが、テレビのクイズ番組ってのは夢と陰謀が渦巻く想像をかき立てる存在だったのだな。

国民クイズ 上(杉元 伶一)


2022-08-12

_ ブラックライダー

BSでやったブラックライダー(70年代初頭の映画)の録画を観てびっくり。正直黒人の西部劇珍しいな程度の興味で観たのだが、シドニーポワチエが映画作家として実に見事な手腕で驚いた。よく観れば、遠くから映して徐々に近づいてアップで表情、そこからロングにして何が起きているかを示し、またアップ、の繰り返しなのだが、バランスが抜群。観ていて全然弛緩がない。

マウスハープだと思うのだが、ビーヨンビーヨンみたいな気の抜けた音楽が入りまくるのでオフビートっぽくもあり、ハリーベラフォンテとシドニーポワチエの軽口の応酬が楽しいのだが、内容は殺伐としていて、そのアンバランスがまた良い。

物語はミシシッピーからモンタナへ移住しようとする黒人(南北戦争後なので解放されている)の幌馬車隊の案内人に雇われたシドニーポワチエ、ミシシッピーの農園主に雇われてこれらの黒人を連れ戻してこき使おうとする白人グループ(言うこときかない黒人は容赦なく殺し、移住を阻止するために家畜は殺戮、苗や種は燃やしまくる、あまりに殺しまくるのでKKKの原初の姿のようでもあるし、確かKKKは黒人の労働力を縛り付けることを目的として結成されたはずだから、おそらくそうなのだろう)、法の番人として解放奴隷の人権を尊重する保安官(端役)、いかさま伝道師だが縁あってシドニーポワチエと行動を共にしてついには銀行強盗までするハリーベラフォンテ(声といい演技といい抜群。歌を歌うわけではない。最初は全裸で帽子でちんこを隠して登場といういけてる歌手とはまったく思えない扱いなのだが、実に良い味を出している。副主人公のいかさま伝道師といえばトライガンだが、近いものがある)、ポワチエの恋人のルビー(よく知らんが老いてもスパイクリーの映画に出てくる民権運動の闘士(の妻、といっても本人も闘士なのだろう)、白人から土地を奪還するために雌伏しているインディアン(ポワチエとは腐れ縁)の殺し合いで、最後は幌馬車ものの王道で約束の地へ無事に到着する。

大傑作だった。

トライガン・マキシマム(2) (ヤングキングコミックス)(内藤泰弘)


2003|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2019|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2020|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2021|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2022|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|

ジェズイットを見習え