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日々の破片

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2012-12-15

_ 明晰かつ想像力に富む頭脳が陰謀論に心を奪われるとどうなるか

超久々にルソーでも読むかと、まだ読んだことがない本が光文社の新訳シリーズで出ていたので手に取った。飯を食いながらぼつぼつ読んでいたのが読了した。

孤独な散歩者の夢想 (光文社古典新訳文庫)(ジャン=ジャック ルソー)

自民党のおかげで今や風前の灯の天賦人権説を、何もないところから生み出した人類史上に燦然と輝く大天才がルソーだった。人は人として生まれ、人として死ぬ。

そのルソーが50後半から66歳で死ぬまでの間に書き溜めたのが孤独な散歩者の夢想らしい。

読み始めて驚いた。論旨は明瞭、意思は明確、主張は堅固、しかし話がおかしい。世の中すべてがルソーに対して迫害のために日夜敵意をむき出しに、隙あらば襲い掛かってくるという内容だからだ。

また、運が悪いことに、坂道を散歩中に犬に襲われて転倒し、口蓋裂傷、歯が数本折れるという大けがをする始末。

知人が珍しく訪ねてきて、共通の知人が上梓した本を紹介する。そこで子供を愛さない人間は人間に非ずというようなくだりが出てくる。ルソーは憤激する。

これは、私生児を孤児院に預けた自分の過去に対する大いなるあてこすりに相違ない。かくのごとく、世界はわたしを迫害し、嘲笑し、無視しているのだ。

なんだこれ?

そこで巻末の年譜と解説を読み、社会契約論のみならずエミールさえも禁書となり焚書され、国外追放となり、行く先々で逮捕されそうになったり、また追放されたりの繰り返しで、ついにルソーは精神のバランスを崩してしまったらしい。

(ヴォルテールとの論争や、カソリックに日和って宗旨替えして敵に回った友人がいたことなどが拍車をかけたようだが)

ついには、イギリスへ亡命できるよう尽力しているヒュームロック(ひどいバグ)と渡英中に喧嘩別れする始末。

かくして、想像力が悪い方向へ悪い方向へと進み、ついに全世界が自分の敵だという認識になってしまったらしい。

植物観察の喜びを書いているかと思うと(その過程でリンネに対する礼賛などが出てくる)、なぜ自分は植物観察にこれだけ惹かれるかというと、もう人間はこりごりだからだ。なぜならばやつらはわたしを憎むからだ。そういえばこんなことがあった(と散歩中に出会った人の描写)が、きっとわたしを監視していたに違いない。そして後で笑いものにしているのだろう。と続く。

世の中の人々が何も疑っていなかった神中心の世界秩序観の中で、人は人として生まれたそのことで人であるのだという人間とは何かという概念を作り出し、国家は神から授けられたものではなく一般意思によるものだと看破した想像力が(宇宙の始まりを想像し、ビッグバンにたどりつかせた外的宇宙に対する想像力に匹敵する内的宇宙に対する想像力だ)全力を振り絞って陰謀論にのめり込んだのだからそのパワーたるや並ではない。

これは悲惨な戦いだなぁと愕然とするが(一方、その大いなる想像力が良き方向へ向かえた時期のことを考えて、それがどれだけ画期的なことだったかに気付き感動するのだった)、それだけにところどころに戻ってくる、植物を観察し、なぜ植物がかくも美しいのか考察したり、美しい過去を回想し、回想がなぜ美しいかを考察したりする正気のルソーをみるとそのささやかに取り戻した幸福な思考にほっとするのだった。

奇書だった。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ なるせ (2012-12-17 05:28)

> 自民党のおかげで今や風前の灯の天賦人権説を、何もないところから生み出した人類史上に燦然と輝く大天才がルソーだった<br>ホッブスやロックの頃から、人が皆平等であり自由な状態を自然状態としていたので、ちょっと違うような。<br><br>> 世の中の人々が何も疑っていなかった神中心の世界秩序観の中で、人は人として生まれたそのことで人であるのだという人間とは何かという概念を作り出し、国家は神から授けられたものではなく一般意思によるものだと看破した想像力<br>これもホッブスやロックの時点で神が創るのは自然状態の形成までで、そこから国家が生まれる過程は人の所業では。<br>ロックの時点で王権神授説は否定されてますしね。(だから名誉革命を肯定し、アメリカ独立戦争の理論的主柱になった)<br>また、国家は対等な人々がその権利や持ち物を贈与するタイミングで生まれるのだから、国家は人々の一般意思によって運営されなければならない、という流れであって、順序がおかしいような。<br><br>ロックが自重して言わなかった民主主義について本格的に考察してしまったのがルソーの冒険的なところであって、<br>その多くはロックの時点で結構たどり着いていたように思います。

_ arton (2012-12-17 09:17)

ツッコミありがとう。おかげで、ヒュームとロック(ルソーより100年近く前の人だった)の取り違え(夢想家の年譜にはもちろんヒュームとなってる)に気付きました。それ以外についてはロックは読んだことないから何とも言えないけど。ただ40年近く前にエミール読んで感動した印象で(社会契約論は途中で投げたか流し読みのはず)書いてるから嘘もあれば神格化してる可能性も高そうです。


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